赤い車、黄色い車。イタリアのスーパーカーは、遠くからでも話題になる。フェラーリとランボルギーニは、よく一つの棚に並べられる。並べた瞬間に、差が消えるのが惜しい。
フェラーリは、レーシングの血を量産車に通してきたブランドだ。馬、跳ねる。運転すること、エンジンを回すことが、物語の中心になりやすい。ランボルギーニは、トラクターから始まった社史と、楔形のデザイン、ドアの開き方まで含めて、視覚の衝撃が強い。
どちらもイタリアの夢だが、夢の種類が違う。
ミッドシップ、大排気量、今はハイブリッド。技術のトレンドは重なる。それでも、ステアリングの向こうに何を感じさせたいかは、別の編集をしている。音、視線、街への現れ方。
乗る機会は稀でも、見分ける目は持てる。ロゴ、プロポーション、ライトの署名。スーパーカーの教養は、値段の話で終わらせないことだ。なぜその形になったか、を一つ言えること。
イタリア車の話が出たら、ドイツ御三家と同じように、二つを同じ『高い車』にしない。隣の国ではなく、隣の、別の国。そう置くと、展示や動画の見方も変わる。
