ルネサンスの絵が、今の目にも自然に見えるのは、偶然ではない。手前は大きく、奥は小さく。線が一点に集まる。遠近法は、画面の中に、歩ける空間を作った。それ以前の絵が劣っていた、という意味ではない。世界の契約が、変わった。
イタリアの都市、パトロン、教会。技術と、お金と、信仰が重なった場所で、人体の研究も進んだ。解剖と、彫刻と、絵。人が、神の物語の中で、正確な身体を持ち始めた。
遠近法は技法ではない。人が世界を、奥行きとして見る契約だ。
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ。三点セットは便利だ。便利な名前より、一人が何を宿題にしたかを一つずつ置く。観察、身体、調和。宿題が違う。
北方にも、油彩と、細部の別のルネサンスがある。イタリアだけが再生ではない。地図を、アルプスの南北に開くと、立体になる。
美術館で、床のタイルが奥へ走る絵を見つけたら、遠近法という契約を思い出してよい。上手い絵、の前に、世界の見え方の更新がある。
