億の数字が、ニュースになる。オークションは、芸術の成績発表に見えやすい。実際は、市場だ。同じ作家でも、時期、サイズ、来歴、状態で、別の商品になる。
来歴は、誰が持っていたか。美術館、有名な収集家。物語は、需要を厚くする。逆に、修復の履歴や、真贋の議論は、数字を削る。美しさは、条件の一つでしかない。
高い絵は、正しい絵ではない。その夜、欲しがった人が、いた絵だ。
槌の音は、公開の競争だ。公開されない取引も、世界には多い。ニュースの数字を、世界の平均と思わない。見えている市場は、氷山の、照明の当たった面だ。
作家の生前と、死後でも、論理は変わる。供給が止まること、評価が書き換わること。投資としての美術は、教養の隣にある。隣を、本体と取り違えない。
価格を知ることは、卑しいことではない。ただし、価格で見ることを、見ることそのものにしない。オークションは、熱の記録だ。熱と、作品の強さは、重なることも、ズレることもある。
